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観たり読んだり書いたり食ったり。

読んだり観たり書いたり食ったり、したこと書きます。
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さとp

非公開

2016/06/06
10:42
「あめふらし」長野まゆみ


久ぶりに長野氏の本を読む。
古書店で見かけたのでつい。普通に書店で見かけたのなら、しばし考えもするのだけれど、古書店だったで即買いしてしまった。
長野氏と言えばデビュー作の「少年アリス」から数冊、追いかけて読んでいた。物語より文章を読む作家のひとり。物語が面白くないわけではないけれど。
あと、世界感かな。文章が醸し出す雰囲気が好きだった。うろ覚えなのだけれど、旧漢字や旧仮名遣いが使われていて、そう言うところが当時は新鮮に感じたのかな。
 
それはさておき。
「あめふらし」の話を。
 
短編集なので一作だけ読んでも十分面白いのだけれど、読み進めて、あぁそういう事か、と最後にポンと手を打つ。
そういう事かはネタバレになるので伏せておくけれど。
 
主人公の市村はうずまき商會という怪しげな会社で働くことになる。社長の菊河は信用できそうになく、先輩社員の仲村にはどうにも嫌われているようで、やめたいとは思うものの弱みを握られそうも出来ず。菊河に言われるまま仕事に出かける。そしてそのたびに、不思議な空間に入り込むのだった。
当の本人は夢か幻かと思っているのだけれど、菊河と仲村にはその真相がわかっている様子。
登場人物たちも一風変わっている。その描写から人間ではない別のもののような、でもそれはにおわせるだけで断言はしていない。
そんなところに想像する楽しみも生れて、始終楽しく読めた作品。
それから漢字。やはり難しい感じを使う。
例えば「洟たれ」。「鼻たれ」じゃ、いかんのか、と。「シャツ」を「襯衣」と書いてあったり。読みにくいったらありゃしない、なんだけど、それがまたこの小説というか物語に合っている気がする。
そのせいか、舞台となる時代を勝手に昭和初期もしくは大正時代ぐらいに思っていた。途中でコンタクトレンズがとか携帯がとか出てきて、ちょっと驚いたのだけど、どこにも大正だの昭和初期だのをにおわせる描写はないのだから完全に思い違い。
描写といえば、うわっ、なんて声を上げそうになった描写があって、すこし抜粋するけれど「火にかけた酢水のなかへ落とした卵はたちまち白い衣をまとって気味をつつみこむ」っていきなり卵がどうのと出てきて、なんのこっちゃと思っていたら、太陽の描写だった。
「ちょうどそんなふうに、太陽はうすい雲におおわれている」と続くのだ。
話しの流れ上、「太陽はうすい雲におおわれている」だけでも十分だと思うのだけれど、あえてこんな描写をいれるところにこの人らしさを感じたりもする。
しかし、こういう描写はスラスラと書いているうちに出てくるのが、それとも何かが降りてきたの如くひらめいたのか、それともうんうんと絞り出したのか。興味深い。
もう一つ、セリフに『』がついていない。改行もすることなく、地の文と同じようにだらだらと続けて書いてある。
不思議なことに、どれが誰の台詞かというのが、読んでいてもまったく混乱せずにわかる。機会があればやってみよう。


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ついでと言っては何だけど、デヴュー作の「少年アリス」を貼っておく。
これ、後に改造版なるものが出たんだけれど、どちらかというと最初の方が好み。
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2014/09/17
11:13
「つむじ風食堂と僕」 吉田篤弘

もうずいぶん前になるのだけれど、小川洋子さんの「博士の愛した数式」という本が映画化された。
小川洋子さんは知ってはいたけれど、一冊もその本は読んでいなかった。というか、守備範囲外の作家であった。のだけど、この話が気になったのは、映画に当時好きだった(今も好きだが)女優、深津絵里さんが出ていたからだ。
とはいえ、映画は見たものの本は読まずじまいで、小川さんがこの話を書く際にインタヴューしたという数学者藤原正彦さんとの対談「世にも美しい数学入門」だけを読んでそれっきりだった。
そのあと、たまたまラジオから流れる小川さんの声を聞く。
この番組は毎週一冊の本と取り上げて読み解いていくという30分番組で、その時の小川さんの声とかまったりとした何とも言えない話し方に、好感度がばばばーんと上がって。
わりと好きな作家のカテゴリーに入ったのだった。
でも、まだ彼女の本は読まずじまい。というか、手持ちの積読本が多すぎて手が出なかったというのもある。
それから月日が流れ、ようやく小川さんの本を読む気になったのは、彼女がさる番組に出たのを見たからだ。
関西ローカルの対談番組。
バーの一角で話しているという設定で、もちろん出演者がみな呑みながら話すという。
司会の勝谷誠彦とアシスタントの女子アナとゲストの三人でのトーク。その番組に小川さんがゲストで出られた。
勝谷さんと小川さんって、大学の同期だったそうで話も弾んで面白く、またまた小川さんの好感度が上がったしだいで。
それでようやく、彼女の本を手に取ったしだい。
番組で紹介されていた「注文の多い注文書」と映画原作「博士の愛した数式」をさっそく購入。

なかなか「つむじ風食堂」にたどりつかないけど、あくまで「つむじ風食堂と僕」の紹介なの。



この四作の話はまた今度ということで、つむじ風までの道のりはもう少し。

で、このとき買った「注文の多い注文書」の共作、と言っていいのかな、しているのがクラフト・エヴィング商會。
で、子の話はちょっと横に置いといて。

たまたまであるのだけれど、ケーブルの日本映画専門チャンネルで「つむじ風食堂の夜」という映画がやるというのを番組表で発見。
内容も出演者も、まして原作があるかないのかも知らなかったのだけど、題名が気に入って録画、鑑賞。
なかなか味がある作品だなぁと思っていた。
で、これもちょいと横に置いておいて。

滅多に行かない本屋というか雑貨屋というか、まぁ、テーマごとに雑貨や本がひとまとめにディスプレイされているといったらいいのか。
とにかくそういう店があって、ついでがある時にしか出向かないのだが、そこでこの本をみつけた。
ようやく出てきた、「つむじ風食堂と僕」
これはもしや映画の原作?と思いきや、原作ではなくスピンオフ小説。
作者本人もスピンオフというか二次創作というか、とあとがきで言ってるので。

ここで、このあとがきを読んで、なんとも不思議なつながりと思ったのだった。
この作者の吉田さん、彼がクラフト・エヴィング商會だったのだ。正確にはその一員ということになるんだけれど。
これは驚いた。というか、クラフト・エヴィング商會が手掛けた小川さんの作品が気に入って、クラフト・エヴィング商會の別の本「おかしな本棚」(未読)も購入していて、このセンスいいなぁと思っていて。
いいなと思っていたものが、全部同じ人が関わっていたということを発見したときの感動というかなんというか。
うわわあぁぁ、なんてなっちゃったわけ。

で、ようやくここから本の話。

ちくまの本はわりと好きなのだけどこの『ちくまプリマー新書』は文字自体それほど大きいわけじゃないけど、行間が大き目にとっていて読みやすい。対象年齢が低いのか、とにかく読みやすい。
そして装幀がいい。シリーズで同じ装幀というのじゃなく、一つ一つ違っていてなんかいい感じ。
それが全部クラフト・エヴィング商會の仕事だった。
ちょっと感激。

えっと、「つむじ風~」の話だった。
主人公は小学生の少年。
電車を一駅のって、つむじ風食堂にたびたびやってくる。
一人でやってくるものだから、何かと聞かれる前に先手を打って「仕事はなんですか」と聞く。
そしていろんな人が来ていろんな仕事について話をして、少年に助言をしたりしなかったり。
そんなたわいのない会話が続く話。
まだ十二年しか生きていない少年が、昔についてあれこれ考える。
それは大人にとっては少し滑稽にも見えるのだろうか。
いろいろな大人の話を聞いて、少年は少しずつ考えが変わっていく。
さらりと読めて、居心地のいい文章だった。
とてもいい感じの本だった。







2009/09/13
22:43
「地球生まれの異星人」




周りの人とは何か違うと思いつつ、生きていくためにいろいろ考え努力し、ボロボロになった末、自分が自閉症スペクトラムという病気あると診断された女性の自伝。


自閉症といえば、映画「レインマン」でもわかるように、人とのコミュニケーションができず、知的な遅れが伴うものだというイメージがあったのだが、この人は違う。
どちらかというと才女である。
才女であるがゆえに、出来ないことがふざけていると見られたり、わがままだと思われたり、常に悪く思われてしまう。
その結果、いじめにもあったりもするし他人との距離が上手く取れなかったりと、
精神的なストレスが生じ、ウツになったり摂食障害になったり、アルコール依存症になったり。

そして30歳半ばにして、ようやく人と同じにできないことは病気のせいだったと知る。

原因がわかったとはいえ、彼女の生活にはなんら変化はなく生きにくいことは確かなのだが、それを理解しようとしてくれる夫との仲はだんだんと良くなっていったようだ。

世の中にはまだまだ知らない病気があり、それに周りもそして本人すら気づかずに過ごしている人がたくさんいるだろうと思われる。
身体的なものなら気づくだろうが、心や脳といった目に見えないものには気づきにくい。
本人にすらわからないのだから。

現在研究が進んで、彼女のような障害があるということがわかってきているので、彼女のようにわからないまま苦労してしまう人は減るであろうとは思うけれど、決してなくならないと思う。

彼女も言っているが、完全に理解は出来ないと思う。
出来ないとは思うが、そうする努力は必要だと思うし、たとえ理解できなくても認めることは出来ると思う。

病気ではあるけれど、病気と捉えるのではなく、自分とは違うけれどそれはこの人の個性であり受け入れることが出来るのだということを心に止めておきたいと思う。


彼女が高学歴の大学へ進学でき、尚且つ今も仕事を続けていられるのは、彼女が常に前向きであり続けたからであると思う。

病気云々よりも、彼女のそういった前向きの姿勢に心を打たれ、自分の活力にもなった。


文体は読みやすくわかりやすく、途中止まることなくスイスイ読める本だった。



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2009/04/13
14:27
「天井裏の子供たち」 北杜夫



まだ昭和だった頃に買った本。
ようやく読んだ。

北杜夫といえば、初めて呼んだのが「船乗りクプクプの冒険」であり、その後「怪盗ジバコ」のシリーズを読んだ。
マンボウ先生のエッセイも少し読んだ。がこれはあまり記憶にない。

小説といえば、上記の二冊なので、どちらかというとFT色の多い作家かと思っていた。

今回のこの本も題名から、ちょっとFTっぽいものかと考えていた。
児童書で「おしいれの子どもたち」という本があるが、題名の印象が似ていることからも、この本がそれっぽい本だとずっと思い込んでいた。

読んでみると、全然違った。
だから、がっかりという訳ではないが、北杜夫はこういう小説を書くんだと、改めて思った。

全五作の短編集だが、最初の「モグラ」は精神病棟の話。
この話の中で驚いたのは、黒人の青年らしき患者を、「クロンボ」と書き下ろしている。
時代とはいえ、こういう事を平気で書けた時代だったんだなぁと、しみじみ思った。

次に表題にもなっている「天井裏の子どもたち」。
これは天井裏をアジトとして、中学生を親分とする子供たちが集まり、悪さをする話で、アジトに集まる子供たちはどちらかといえば貧乏な家庭の子供たちだ。
その中に1人(主人公だが)、わりと裕福な家庭の少年の語りで語られる。

「静謐」は、年老いた老女がわが人生を省みる話。

後に二編「死」と「白毛」は私小説。
「死」では父である斉藤茂吉の死に、父への想いを書いたものだが、茂吉という人はすごい人だなと。
昔の父親というのは、全般的にこういう人が多かったのかもしれないが、それにしても恐ろしい人だ。
自分の親じゃなくて良かった。
だけども、そこからは子供への愛情も見て取れる。

「白毛」は、陰毛に白いのがあるのを見つけたという話。
娘への愛情が、親ばかの域に達している。


解説の福田氏が「日本の作家というのは、私小説を書かせると、ほとんど例外なく、悲しいまでにいい声で、いい作品を書く」と言っているが、この本の中でも私小説の二編が面白かった。




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2009/03/31
18:10
「ちくま日本文学全集 夏目漱石」




「ぼっちゃん」「我輩は猫である」「夢十夜」「思い出すことなど」「私の個人主義」の五作を収録。

この全集はフリガナもふってあるし、難しい言葉や今はあまり使われていたに言葉には注釈がついているので、わりと読みやすい。


「もしどこかにこだわりがあるなら、それを踏潰すまで進まなければ駄目ですよ」

こういう漱石の言葉に、元気が出た。
悩みは尽きないけれど、やはりとことん進んでいくほうがいいのだと、
文豪も言うのなら、悩んでいるときこそ、前を向い歩いていこうと思えた。


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