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観たり読んだり書いたり食ったり。

読んだり観たり書いたり食ったり、したこと書きます。
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さとp

非公開

2016/01/12
20:56
放置されている本。

アースマインド―人類はどこへ行くのか
背中あわせのハート・ブレイク (新潮文庫
依存症 (文春新書
ある朝、セカイは死んでいた
木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか
日本語練習帳 (岩波新書)
海馬/脳は疲れない ほぼ日ブックス
カール・ロジャーズ入門―自分が“自分”になるということ
13歳からの論理ノート
カムイ伝講義
カラマーゾフの兄弟 全4巻セット (光文社古典新訳文庫)
金毘羅 (河出文庫
生きにくい…―私は哲学病。 (角川文庫)
銀河鉄道の彼方に
ゼロ・ストーン (ハヤカワ文庫 SF (648
これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
はじめての経済学 (有斐閣ブックス
わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)

ざっと思い出せただけで18冊。
もしかしたらもっとあるかもしれない。いや、ある。ムック、いわゆる雑誌は3,4冊あったと思うのだが、とりあえず書籍の見上げてみるとこんな具合。

「アースマインド」に至っては、実は学生のころから読み始め、今では所在が知れず。
所在が知れないと言えば、「ハートブレイク~」も「依存症」も「海馬」や「カムイ」「カラマーゾフ」もそうである。
この所在のしれない本に関しては、近いうちに見つけ出そうと思っている。
処分している、なんてことは絶対にないから、家の中のどこかにあるはずなのである。

「ある朝~」は所在はしれているがなかなか手に取れないでいる。
二段組みの小さな字で、とにかく見た途端に読む気が失せるのだから仕方がない。
だけど、内容は興味深いとは思っている。だから、読んでしまいたいという意欲だけはあるのだ。
「海馬」は最初の数ページぺらぺらと眺めただけなので、読みかけて放置、のうちには入らないかもしれないが。それは「日本語練習帳」や「13歳からの理論ノート」も同じような感じかな。
「カムイ」は三分の一は読んだはず。とても面白い。これを読むと部落出身が差別される理由がないのがわかる。もっと知りたいのだけれど、行方不明なのである。
「カラマーゾフ」はちくまから出ている新訳を読んでいる。前からあるのは文字が小さくて読みにくく、それでも気になっていた作品なので、冊数は多いものの新訳は読みやすいと聞いて飛びついてしまった。1,2,3巻はわりとトントンと読んだのだけれど、4巻でなぜかぴたりと止まってしまい、そのうち本自体が行方不明に。未だ見つからず。
「金毘羅」は何度か挫折し、最初から読み直してはいるのだが、やはり止まったまま一、二年ほどたっている。
「生きにくい私~」もずいぶん長い間持ち歩いているが、これは少し終わりが見えてきている。
「銀河鉄道~」は久しぶりに読んだ高橋源一郎氏の本である。氏の本で前回読んだ「『悪』と戦う」や「いつかソウルトレインに乗る日まで」やらは割とトントンと読めたのだけれど、この本はちょっと手間取っている。
面白くないわけではなく、高橋氏らしい作品だとは思うんだけど、タイミングもあって滞っている。
「ゼロストーン」は目下読んでいる途中。この本は外出中、電車の中とかで読む用で常に鞄に入っているのだが、ある時どこかで落としたようで行方不明に。この本ばかりは家の中ではなく外で無くした確率が高いため、もう一冊買った。
が、その時、間違って別の本「ビーストマスター」を買ってしまったという逸話が。本自体一円だったのだけれど送料がいくらかかかってしまった。かといって、また売るというのも手続きがめんどうなので、置いてある。
「ゼロストーン」はFTやらSFやらにやたら肩入れしていた時に買った本で、この時は時間もお金も余裕があったものだから、なんの吟味もせずにぽいぽい買っていた時期で、なぜこの本?というのも結構ある。
ちなみに、「ゼロストーン」はわりと面白い。
「これから『正義』の~」は一つ一つかみ砕いで読んでいかないといけなくて、やたら疲れる。のでなかなか進まない。これも行方不明中。
「初めての経済学」はブログで知り合った人からの買い受けたもの。せっかくなのでちゃちゃっと読んでしまいたかったのだけれど、これまた授業で使うような本なので優しく伝えようなんて配慮がなく、難しい。尚且つ、横書きなので読みずらいのである。
横書きというとやはり教科書を思い出してしまい、弁行嫌いの私としてはとにかく読むのが辛いのである。
最後の「わかりあえない~」は確か著書の平田オリザを、ビッグイシューでコラムか何かを書いてているのを読んで、もう少しこの人の本を読みたいと思ったから買ったのだと思う。面白くないわけではないんだけど、これもタイミングだろうか。
そしてしばし、その姿を見ていない。(笑)

放置とはいうものの、別につまらなくて読む気が失せたわけじゃなく、たんに時間がないのが主な理由。たぶん。

今年はこれらの本の発掘と読破を目指す。
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2016/01/09
12:21
2015年の読書記録。

驚くことに、去年は3冊しか本を読んでいなかった。
年々読む冊数が減っているとは思っていたが、3冊とは。
とほほ、である。
毎年年初めには、読みかけで放置しているのをとりあえず読んでしまう、って目標を立ててはいるのだけれど、まったく読めず状態である。
まずはどこぞに埋もれた、その本探しから始めなくては、である。
読めずに放置しているのはだいたい、小難しい本か、面白そうに見えたのにその実まったく面白くなかったかのどちらかで、なかなか手に取る気になれないのが現状なのである。
あと、文字が小さいのも、最近辛くなってきているのだった。
そして昔の本は、文字が小さい。
それから積読本を一冊でも減らすと言うのが、二つ目の目標である。
これもまた、毎年掲げて達成できずにいる。
これはあれ、読むより買う本のほうが多いから。
すぐに読めないんだから今は買わずにおこう、なんて選択はないのであった。

今年の目標も当然、読みかけの本と積読本を減らす、である。
 
その代りと言っては何だが、漫画は結構読んでいる。
 諸事情により、シリーズものには手を出さないでおこうと決めていたのだが、ここ数年ちょいちょいと手を出してしまっている。
ざっと調べただけで15作品ほど。
次々でるんで、次々読んでいる。
その中でも、おぉーっと思ったのが「3×3EYES」。
前回の話はもう十年以上も前になる。八雲とパイのその後の話なのだけど、前回と変わらずの面白さで、楽しみな作品。
前回のも読み返さないといけないな。
 

2009/05/23
18:05
斉藤美奈子




とあるブログで斉藤美奈子氏の本のレヴューを読んで、積読本の中に彼女の本があるのを思い出したので、掘り出してきた。
二冊あったうち、こちらのほうが読みやすそうだったので、こちらを選択。

最初の章をツラツラ読んでいると、昔読んだ「赤頭巾ちゃん気をつけて」のことが取り上げられていた。

「赤頭巾ちゃん」といえば、シリーズ四作のうち読んだのはこの一作だけ。
他の三冊は手に入らなかったのだ。
その頃はネットも繋がっていなかったので、手に入れようもなかったのだが、今日思い出して検索してみると、新品はないものの、古本で手に入れることが出来そうなので、注文を入れておいた。

いやはや、楽しみだ。

このシリーズは前に映画版をちょっぴり観たことがある。
確か年上の女性役で、加賀まり子が出ていたと思ったんだけど、検索してみると違っていた。
映画のほうもまた、観てみたいなぁ。

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とと、斉藤美奈子氏の話であった。
この人の評論本は面白くて好き。
着目点というか見る角度がちょっと違っていて、ほう、っといつも驚かされたり、
自分がなんとなくそうじゃないかと思いつつどうも上手く言葉で説明できないもやもやを、わかりやすく言葉にしてくれたりする。

読み終えると、読書意欲がわきすぎて、ついつい、絶対読まないだろうジャンルの本まで買ってしまう。

本屋さんの回し者だ。

2009/04/28
12:25
「14歳の子を持つ親たちへ」

名越康文氏と内田樹氏による対談。

・「勝ち組」「負け組」という二極化でははく、「利口組」「バカ組」の二極化(文化資本の差)。

・「地図を持つ」ことによる、メリットデメリット。
 (身体より脳のほうが攻撃的)

・オバサンは実は子供。成長していない大人?

途中まで読んだ。
対談はサクサク読めるが、なかなか頭に入ってこない。

気になるところは付箋を貼って、後でチェック。
チェックしないまま終わることも、たまにあり。


2009/04/24
13:06
「カラマーゾフの兄弟」3

まだ四分の一ほどしか読んでいないのだが、第七編の中に「一本の葱」という章がある。

ここを読んでびっくりした。
「一本の葱」という話があってというくだり。

性悪の女が一度だけいいことをした。
一本の葱を貧乏人に恵んでやったというのだ。
今まさに地獄の火の湖にいる女に、葱を差し出し、この葱をつかんで岸までたどり着けたら、そのまま天国へ生かせてあげようと神様が言う。
女はその葱につかまりもう少しで岸に上がれるという所で、それを見ていた他の罪びとたちが自分たちも一緒に引き上げてもらおうと寄ってくる。
本来性悪の女なので、寄って来る他の罪びとたちを蹴落とし、自分だけが助かろうとする。
そして葱はプツンとちぎれ、女共々火の湖に落ちていく。

という話。
聞いたことがある。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」だ。
書かれた年代からして、こっちのほうが先なので、龍之介がこれを読んで「蜘蛛の糸」を書いたのだろうか。
それとも、ただの偶然か。

ふと、そんな事を考えた。

素人の私がすぐにそう思うぐらいだから、研究者の人たちはすでに調査済みなんだろうなぁ。
どっちなんだろう。