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観たり読んだり書いたり食ったり。

読んだり観たり書いたり食ったり、したこと書きます。
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さとp

非公開

2016/03/17
13:19
「ゼロ・ストーン」アンドレ・ノートン 小隅黎・梶本靖子訳



 この本を買ったのはずいぶん前のこと。この頃はSF、FTがマイブームになっていて、いろいろ買いあさっていた。日本の作家に関しては、著者買いをすることが多く、たとえば新井素子大原まり子火浦功岬兄悟等をよく読んでいた。
 余談ではあるけれど、去年だったか今年だったか忘れてしまったが、Twitter上で実在しないとのツイートが回ってきていて驚愕した。真意はわからないが。(笑) 
 大御所である星新一北杜夫、筒井康隆氏や平井和正氏、小松左京氏等の方々の本も当然読んでいたわけだけれど、前者の方々ほうが読みやすく多く読んでいたのは事実。
 海外ものに関しては、特に特定の好きな作家も居らず、SFマガジン等の雑誌の紹介記事を見て買ったり、表紙買いをしたりしていた。さすがにブラッドベリは知ってはいたけれど、もうお亡くなりになっているものだと、失礼ながら思っていた。
 そんな感じの時に買ったもの。
 この頃の買い方と言えばもう、手当り次第にがっぱがっぱと買っていて、当然読むのが追いつかない。この本もその例にもれず、積読本の山に長らくうずもれていた。
 去年あたりからこれではいかんと、わりと古いものから手を付けていて、これもその一冊。
 さておき。
 ネタバレになるようなことはあまり書かないつもりではあるけれど、一応区切っておく。


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つづきはこちら

2010/06/07
14:00
「もいちどあなたにあいたいな」 新井素子

久しぶりの新作です。
というか久しぶりの長編作品。
短いのとか、エッセイとか、再編集したものとかは多分、ちょぼちょぼ出ていたと思うから。

新井素子といえば、その存在を知ったのはずいぶん昔のこと。
新聞なぞトンと読まなかった頃に、たまたま読んでいたら「絶句・・・」の広告が目に付いた。
さほど大きなものでもなかったんだけどやたら目に付いたので、それをもって本屋へ行き、買って読んだのが一番最初。

上下巻でぶ厚い本だったんだけど、何故かツラツラ読んでしまった。
そして面白い。
あの文体は衝撃的だった。

それからしばらくは彼女の本を読みあさっていたのだが、彼女の結婚を期にあまり読まなくなった。
いや、結婚して小説が面白くなくなったとか、作風が変わったとか、そういうのは全然無かったのだが、というか、あまりにも変わらなすぎた。

あの独特の文体についていけなくなってしまったのだ。

 「チグリスとユーフラテス」が賞を取ったとき、久しぶりに読んでみたのだが、やはりその文体にはついていけず。
物語自体はとても面白いのに、読むのがとても苦痛という状態に。

それからエッセイは読んだものの小説は読まず。

今回、久しぶりの長編だし、本人もテレビ等で営業しているのを見たので(ずいぶんふくよかになられてびっくりしたが)、読んでみた。



読み始める。
と、やはりいつもの文体で、懐かしくはあったがやはり受け付けない。
相変わらず、最初のうちに人物紹介もありこれはこれでわかりやすいのだが、これが許されるのはこの人だけだと思う。

文中、

そこであたし、話をショートカット。
あんた、いう相手考えてよ。

というふうに、「は」を抜くときが度々あり、それが受け付けないのだ。
それから( )でくくられた注釈も多く、前からこんなにあったかしらと思うくらい多かった。
それにもちょっとついていけなくなっている。

なぜだろうと考えるに、好みが変わったというしかないのだが。

そいういうわけで、今回文体を一切楽しむことなく、物語の筋だけを追って読んでしまった。
書いた本人にとっては、あまり気分のいいものではないだろうなぁと、反省しつつ。



 

ここからはネタバレ。

2009/10/19
10:36
「東のエデン」




今年の初め深夜放送されていたアニメの原作、といえばいいのだろうか。

ワシントンのホワイトハウスの前で出逢った少年と少女の11日間の物語。

舞台は9.11から10年後の日本。
正体不明のMr.OUTSIDEなる人物が「100億円で日本を救え」という使命を12人に課す。課された者は拒否権もなく、このゲームに参加しなければならなかった。

その選ばれた12人のセレソンのうちの1人、滝沢は何故か自分の記憶を消しホワイトハウス前に全裸で現れる。
地元警察に尋問されていた大学生咲は、偶然現れた滝沢にその場を助けられる。
少しずつ自分の置かれた状況を把握し始める滝沢。
このふざけたゲームの首謀者をぶん殴るために動きはじめる。

一方、この状況を上手く使って、強引且つ滝沢がいうところの幼稚なやり方で日本を変えようとする他のセレソンと対立で、窮地にも立たされる。
が、見事な作戦でその窮地を脱出する。

ここでこの物語は終わるのだが、謎は謎のままである。
12人いるはずのセレソンは滝沢を含め7人しか出てきていない。
Mr.OUTSIDEの正体はわかるものの、それはどういう人物かがわかっただけで、実際今はどうしているのかは不明なまま。
セレソンの1人結城は、彼はすでに死んでいると言い切ってはいるが、躁でもなさそうな人物がちらりと後半見え隠れする。

咲との恋愛事情も気になるところ。

日本で今問題になっていること、ニートや雇用のこと。
それから、群集心理。

滝沢は日本を救えるのかとか、
咲との恋愛事情はとか、
Mr.OUTSIDEの本当の狙いはとか。

そういう数々の疑問も気になるところではあるが、今の日本がどういう状況で何処へ進もうとしているのか、どうなるのか、救いの道はあるのか。
また、個人個人ではどういう想い、考えを持って行動すべきなのかを考えさせられるストーリーでもあった。

特に、ニートについては考えさせられる。



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2009/06/05
13:36
「さいごの戦い」



ナルニア国物語の最後の話。
前回ユースチスとジルが人間界に帰ってから、何百年とたったナルニアが舞台。
リリアン王子から七代目のチリアン王子がナルニアの王になっている。

悪知恵の働くサル、ヨコシマが偶然見つけたライオン(タダのライオン)の皮をぼんやりさんのロバ、ドンマイに被せたことから事件は始まる。

ナルニアでは絶対の存在であるライオンのアスランがナルニアに訪れなくなって500年の月日がたっていた。
ナルニア国の民は、アスランの姿すら見たことがないものも多かった。

ライオンの皮をかぶったドンマイは、ライオンに見えなくもない。
その姿に目をつけたヨコシマは、長らくアスランが姿を見せないのをいいことに、ドンマイをアスランと偽って、ナルニアの民を自分の思うように動かすことを考え出し、敵対するカロールメンを巻き込んで、その計画はまんまと成功した。

国の様子がおかしいことに気づいたチリアン王子だが、彼らに捕らわれてしまう。
絶対絶命の危機に、人間界からユースチンとジルが駆けつける。

そして、ヨコシマのウソを暴き、カローメルンのたくらみを暴き、ナルニアの再生を図る。



その冒険は確かに面白いのだが、やはりアスランが出来てて全てが解決するという構図は納得いかないと思えるわけで、このシリーズを次々読めない理由でもある。

今回の悪人、ヨコシマがこのシリーズで一番いやらしい悪人の思える。
何でだろう。
人を騙すという行為が、引っかかってる気がする。
結局、このヨコシマもカローメルン人に途中から上手く転がされているんだけど。


最後の話にふさわしく、今までにナルニアにやって来た人間が総出演している。
実際に活躍するのは若いジルとユースチンだが、それ以前、一巻や二巻辺りにでてきたピーターやエドモンドたちも出てくる。
唯一、スーザンだけが現れない。
どうして彼女だけが脱落したのか、興味深いところだ。
本のなかでは、大人になることに夢中になっているから、ということになっている。
そして、もう少し大人になってもらいたいものだわ、とポリーに言わせている。

それは、綺麗になりたいとか、自分を着飾ることに一生懸命になっているのはくだらないという意味だろうか。

う~む。



今回の話で、もう一つ気に入らないのは、ラスト。

全てが解決し、前よりもすばらしいナルニアがもどってきたとき、ジルがアスランに言う。

帰りたくない。っと。

その後のアスランの答えがこれ。

「その心配はない。」

人間界では鉄道事故があり、ジルもユースチンも、そして両親も、皆死んでしまったというのだ。
だから、もう人間界に帰らなくてはならないという心配はしなくていいと。

こんな終わり方でいいの、っとちょっと思った。
別にこのまま、いつもどおり人間界に帰りました、じゃだめなのだろうか。
この話でナルニアは完結するからなのだろうか。

これは、ハッピーエンドなのか。


話の内容はさておき、ラストの壮大なナルニアの様子は映像としてみてみたい。




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2009/05/15
11:09
「銀のいす」 読了。




全七巻あるナルニア国物語のうちの一冊。
第二巻「朝びらき丸、東の海へ」で、カスピアン王子と一緒に旅に出た少年ユースチスと、学校ぎらいのジルがナルニア国へ呼ばれる。

ナルニアでは前回ユースチスが訪れたときより70年もの歳月がたっていて、カスピアンはすっかりご老体になっていた。
ユースチスとジルはそのカスピアンのいなくなった息子、リリアン王子を見つけ出すためにアスランによって呼ばれたのだった。

さほど仲良しでもない二人は協力して旅をするうちに、お互いを信頼し合い、認め合っていく。
そして自分たちの世界ではいじめっ子から逃げていたジルだが、旅を終えた彼女は、いじめっ子たちに立ち向かう勇気も持てるようになっている。

この話に留まらず、他の話でもそのパターンは同じで、
なんらかの問題解決のためにアスランに呼ばれて、子供たちがナルニアにやってくる。
ケンカしたり、協力したり、いろんな冒険しながら無事問題を解決した頃には、すっかり成長して、そして自分たちの世界に帰っていくという形になっている。

こういう物語では王道だと思う。
悪くはない。

ナルニア国という、不思議な世界も興味深く面白い。
魔女が出てきたり、地下人が出てきたり、小人や巨人も出てくる。
楽しい世界だ。

先に映画化された「ライオンと魔女」でも映像も綺麗だった。




嫌な見方をすると、
ナルニア国民にとって絶大な力を持つアスラン。
その人(ライオンだけど)の持つ力もすごい。
じゃ、なぜ自分で問題を解決しないのか。
子供たちを呼び寄せておいて、問題が解決するまでほりっぱなしである。
不思議だ。

そして、今回えっと引っかかったのが、食べ物のこと。
巨人の国でユースチスたちが振舞われた食事がものいう鹿のものだとわかった途端、食べるのをやめてしまうシーンがある。
ものが話せるということは意思の疎通が出来るということで、そういう動物は食べないというか、共食いと同じ意味のようである。
なるほど、それはわかる。
もしも、豚や牛が話せるなら、と想像するだけでそれらを食べることがはばかれる。

なのに、終盤でお肉たっぷりのソーセイジが出てきたりする。
そしてそれがとてもおいしいと。

ナルニアでは話せない動物は、普通に食するのだとわかる。
何処が違うのか。
うーん。
解せない。
話せる動物とそうでない動物がいるのがわからない。

動物と話せる世界というのは、実に楽しい世界ではあるだろうけど、
食事問題になると、どうもあやふやというか、矛盾が生じるように思う。


余談だが、今回ユースチスたちと一緒に旅に出ることになったナルニアの沼人の泥足にがえもんという人物がいるのだが、泥足はさておき、にがえもんとは原書ではどういう名前になっているのか、気になるところだ。


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ナルニアも、後一冊残っているので、時間をあまり空けず、早いうちに読んでしまおうと思っている。